研究課題2:がんの進行を制御する分子機構の解明
癌による死亡原因の9割は癌の転移であり、転移を抑えることができれば、癌の根治が望め、再発に苦しまなくてすむ可能性が高くなります。転移は癌がある程度大きくなって広がる(増殖・進展・浸潤する)ことで起こりやすくなります。癌がどのように増殖・進展するのかについてはこれまでに多くの研究が行われてきており、その一因として細胞周期の異常が知られています。多くの癌細胞でG1期が短くなっており、結果として細胞分裂が活発となり癌細胞がより増殖することが観察されています。しかしその詳細な機構は明らかとは言えませんでした。 c-Junやc-Myc は細胞周期制御に必須な転写因子です。c-Junやc-Myc はプライミングリン酸化を受けると、引き続いてGSK3betaによるリン酸化が誘導され、さらにユビキチンリガーゼFBXW7がリクルートされてc-Junやc-Mycのユビキチン化とそれに引き続くプロテアソームによる分解を促すことが知られてます。このリン酸化を起点とした分解はG1期からS期への遷移に重要であり、分解異常が発癌や癌の進展と密接に関与していることが報告されています。我々は、p53のリン酸化とアポトーシス誘導に重要な働きをしているDYRK2が、c-Junやc-Mycのプライミングリン酸化を担っていることを見出しました。DYRK2をノックダウンするとc-Junやc-Mycのプライミングリン酸化が顕著に減弱し、GSK3betaによるリン酸化も見られません。それに伴いc-Junやc-Mycの分解異常による蓄積が観察され、下流の標的因子であるcyclin Eなどの転写発現が異常をきたし、G1期の顕著な短縮に伴う細胞増殖が亢進しました(図1)。
図1 DYRK2ノックダウンによるG1期の短縮
次にDYRK2が癌の増殖や進展にどのような役割を果たしているかについて、in vivo xenograftモデル実験を行いました。DYRK2を恒常的にノックダウンした乳癌細胞をマウスに移植し造腫瘍効果を調べたところ、コントロール細胞と比較して明らかな造腫瘍能の増強が観察されました。c-Junやc-Mycの蓄積は多くの癌細胞で認められていることから、ヒトの癌細胞におけるDYRK2の発現について調べたところ、いくつかの癌で有意にDYRK2の発現が低下していることが判明しました。そこでヒト乳癌組織におけるDYRK2の発現を検証したところ、乳管内乳癌と比べて浸潤性乳癌ではDYRK2の顕著な発現低下が認められ、一方でc-Junやc-Mycは発現上昇しているという逆相関現象が観察されました。このことから、癌が進行するにつれてDYRK2の発現が低下し、その結果c-Junやc-Mycが蓄積し癌細胞の増殖が活発となり、癌が進展・浸潤すると考えられます(図2)。
本研究による発見により、例えばDYRK2の発現を元に戻すことで癌の進行を食い止めることができれば、原発巣を適切に治療し除去することで癌の転移を抑えられる可能性が高まります。またこの研究をさらに発展させることにより、癌が進展・浸潤する詳細な分子機構解明と、癌の転移を抑える新規治療法開発への応用に取り組みたいと考えています。
図2 DYRK2による細胞周期制御モデル
<参考文献>
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Taira N, Mimoto R, Kurata M, Yamaguchi T, Kitagawa M, Miki Y, and Yoshida K. DYRK2 priming phosphorylation of c-Jun and c-Myc modulates cell cycle progression in human cancer cells. J. Clin. Invest. 122:859–872 (2012)
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Mimoto R, Taira N, Takahashi H, Yamaguchi T, Okabe M, Uchida K, Miki Y, and Yoshida K. DYRK2 controls epithelial-mesenchymal transition in breast cancer by degrading Snail. Cancer Lett. 339:214-225 (2013)
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平直江、吉田清嗣 『抗腫瘍性キナーゼによる細胞周期制御とがんの進展』「実験医学」30:1786-1789 (2012)